メンバーが見つけた 「ココリラ」 をご紹介!
#009 「雨上がりの贈り物」

2009年5月8日撮影。数日続いたじめじめとした雨の日の締めくくりが、この美しい虹でした。雨ですっかりどんよりしていた心が、雨上がりの虹という素敵なプレゼント!により一気にすがすがしくなった、「ココロがリラックス」 なひとときでした。オフィスでは、この美しい虹を写真に残そうとベランダに入れ替わり立ち代わりスタッフが出入りしていました!
(ココリラスタッフ)
#010 「癒し植物 ハンカチの木」

ハンカチの木というものをご存知ですか?中国南西部原産のもので、4月下旬から5月上旬にかけてハンカチのような花が咲くというとても珍しい木だそうです。これを見つけたのは、大宮公園内にある県営大宮球場の隣にある日本庭園です。ちょうど満開?なんでしょうか、新緑の木に白いハンカチがたくさんひっかっているような光景でした。礼服の胸ポケットに花びらをハンカチーフの代わりにするとお洒落ですね。
(こんこるどさん)
#011 「パワースポットが集中する上野のお山」

上野のお山、上野の森として知られる上野恩賜公園 (うえのおんしこうえん) は、江戸時代、三代将軍・徳川家光が江戸城の丑寅 (北東) の方角 (鬼門) を封じるために、東叡山寛永寺を建てたのがはじまり。以来、寛永寺周辺は芝の増上寺と並ぶ将軍家の墓所のある場所として神聖視されました。
しかし、1868年の戊辰戦争では山に立てこもった彰義隊が新政府軍に敗北 (上野戦争)、若い隊士は自決。周辺は焼け野原と化しました。その後1870年、上野の山を視察したオランダの医師ボードウィンが自然の素晴らしさに感心し、公園として残すよう日本政府に働きかけ、1873年に日本初の公園に指定されました。
今では、上野動物園や東京芸術大学、東京国立博物館、東京都美術館、国立科学博物館、国立西洋美術館、東京文化会館など日本の芸術文化の拠点となっています。また、清水観音堂 (寛永寺)、五条天神社、花園稲荷神社、上野東照宮、寛永寺五重塔、山の西側を降りると不忍池が広がり、不忍池弁才天 (寛永寺:谷中七福神) があるなど神社仏閣も多く、都内有数のパワースポットでもあります。
写真は日本を代表する彫刻家、高村光雲作の西郷隆盛像です。
しかし、1868年の戊辰戦争では山に立てこもった彰義隊が新政府軍に敗北 (上野戦争)、若い隊士は自決。周辺は焼け野原と化しました。その後1870年、上野の山を視察したオランダの医師ボードウィンが自然の素晴らしさに感心し、公園として残すよう日本政府に働きかけ、1873年に日本初の公園に指定されました。
今では、上野動物園や東京芸術大学、東京国立博物館、東京都美術館、国立科学博物館、国立西洋美術館、東京文化会館など日本の芸術文化の拠点となっています。また、清水観音堂 (寛永寺)、五条天神社、花園稲荷神社、上野東照宮、寛永寺五重塔、山の西側を降りると不忍池が広がり、不忍池弁才天 (寛永寺:谷中七福神) があるなど神社仏閣も多く、都内有数のパワースポットでもあります。
写真は日本を代表する彫刻家、高村光雲作の西郷隆盛像です。
(ココリラスタッフ)
#012 「春の厳島神社に行ってきました!」


4月下旬、訪れた時はちょうど干潮時で、“海に浮かぶ神殿”を見ることはできませんでしたが、やはり古来よりのパワースポーット感はひしひしと感じることはできます。また、そこにまつわる人々の歴史や思いを脈々と綴ってきた「大事さ・大切さ」は現地に行って見ないと解らない凛とした風情があります。
簡単にこの神社の歴史を紐解くと、創建は593年、推古天皇時。ただし今のカタチになったのは、平清盛の時代(1168年)。また、後に毛利元就の庇護の元、発展してきました。
「安芸の宮島」の地名の通り本州から独立した宮島に建っていて、神社へは 15分間隔で出航している小型フェリーにて約 10分で宮島に上陸します。その船の中のガイド音声によると、島全体を神とみなしたため海に鳥居を建てたそうです。またその鳥居の土台は海の地面の上に置いただけでいわゆる基礎部分はないということです。それ以外にも、本殿に祭っているご神体が今までの水災害で一度も濡れたことがない…など興味深い話がたくさん流れていました。
船の中で予備知識を得て島に着くと、港より 10分ほど歩けば厳島神社に着きます。参拝料 300円を払って回廊伝いに平安・戦国時代の思いを張り巡らせながら、拝観してきました。最後に、本州側船乗り場界隈の食堂で食べた“あなご飯”は絶品でした。
参考
広島市街からはJR広島駅~宮島口駅 (25分) → 徒歩3分 → 港 → 宮島
※ JRに平行して路面電車が走っていてその駅の方が港に近いですが、広島からは 65分もかかるのでおススメしません。
原爆ドーム近くに船乗り場があり、川を下って直接宮島に行くコースもあります。
※ ただし干潮時は出航しません。
簡単にこの神社の歴史を紐解くと、創建は593年、推古天皇時。ただし今のカタチになったのは、平清盛の時代(1168年)。また、後に毛利元就の庇護の元、発展してきました。
「安芸の宮島」の地名の通り本州から独立した宮島に建っていて、神社へは 15分間隔で出航している小型フェリーにて約 10分で宮島に上陸します。その船の中のガイド音声によると、島全体を神とみなしたため海に鳥居を建てたそうです。またその鳥居の土台は海の地面の上に置いただけでいわゆる基礎部分はないということです。それ以外にも、本殿に祭っているご神体が今までの水災害で一度も濡れたことがない…など興味深い話がたくさん流れていました。
船の中で予備知識を得て島に着くと、港より 10分ほど歩けば厳島神社に着きます。参拝料 300円を払って回廊伝いに平安・戦国時代の思いを張り巡らせながら、拝観してきました。最後に、本州側船乗り場界隈の食堂で食べた“あなご飯”は絶品でした。
参考
広島市街からはJR広島駅~宮島口駅 (25分) → 徒歩3分 → 港 → 宮島
※ JRに平行して路面電車が走っていてその駅の方が港に近いですが、広島からは 65分もかかるのでおススメしません。
原爆ドーム近くに船乗り場があり、川を下って直接宮島に行くコースもあります。
※ ただし干潮時は出航しません。
(マッケンさん)













