自慢じゃないけれど、私は金縛り体験が豊富です。
若いころから(今でも若いけど)何度も何度もいわゆるテレビの心霊番組にとりあげられるような怖~い体験をしてきました。
熱く語りはじめたらきりがないのですが、登場人物、もとい登場幽霊は、時には私にリクエストをしてきたり、 時にはヤミクモに足や手首をつかんでひっぱったり(なぜかものすごい力なんです)します。
でもこのごろはこう思うようになりました。
本当に取り憑かれたら怖い亡霊は、サダコやお岩さまではなく、「過去」という亡霊なのではないかしらと。
この間おもしろいことがありました。
駅近の産直のお店で買い物をしたのですが、店のおじさんが、品物を袋に入れながら愚痴りはじめたのです。
私が閉店時間はいつですかと聞いたのがいけなかった。
「いやあ、この前脳みそがパンクしちゃってさ(え、パンク?脳梗塞かな?)手術したからね、このごろはさっさと閉めちゃうんですよ~。しんどいからさあ。(そうなんだ…気の毒)どうも人生、ろくなことがありゃしない(え?)生きてても仕方ないね(そ、そんな)…(延々と中略)あ、でも金さえあれば違うかもしれないけどね」という結論を聞いてからの退散となりました。
見知らぬお客に向かって人生を愚痴るおじさんが新鮮!だったので、帰宅して母にその話をすると、母がこう言うのです。
「私も前によく海岸近くの産地直送販売のテントで、愚痴るおじさんから買い物をしたわ」と。
そこで二人で彼の外見や愚痴り方をつき合わせてみると、どうやらこれが同一人物らしい!
4~5年も前の母の記憶の中の彼と、私が会った彼との違いは、店の場所が変わったことと、頭に手術のあとが増えただけ。
二人の話を合わせてみると、大手金融系サラリーマンだった彼の会社は倒産し、やむなく海のそばの屋台で店を開業。それから頑張って駅傍に店を開くまでになったけれど、脳梗塞を起こして入院手術となり、最近仕事に復帰したばかりという彼のライフヒストリーがあっと言う間に明らかになったと言う次第です。
ここで注目したいのは、母と私がまったく別のところで会ったにもかかわらず、しかも4年もたっているのに、すぐ同一人物だと特定できた彼の行動様式です。
人生での大きな事件や病気などは、時には魂が「軌道修正」のためにセットした目覚ましコールだということがしばしばあります。
会社が倒産したとき、彼の魂は「ほんとうに君がやりたいことは何?どこに喜びがあるの?」問いかけていたに違いありません。
産地直送の生産者の顔が見える質の良い商品を直接消費者に届けるという彼の仕事は、とても意義深い大切なこと。
でも話を聞いていると、彼はスーツを着て東京のオフィス街でバリバリ仕事をしていたときの自己イメージから、どうしても自由になれないのです。
「本来自分はこんなところで、こんなことをしている人間ではない。こんなはずじゃなかった」と運命を嘆いている彼の心の声が聞こえてきました。
愚痴るおじさんの背中には、もう今は生きてはいないスーツを着た過去の彼が、べったりととり憑いていました。
怖っ。
過去の亡霊に囚われて、文句ばかり言っていた彼に、もう一度「病気」という目覚ましコールがやってきたわけですが、今回も除霊することはできなかったようです。
そのうち、「もう生きていたって仕方ない。全く良いことなんかないんだから」という彼自身が発した言霊パワーが、願いを叶えてくれることになるでしょう。
こんなふうに、人ごとなら客観的に眺めることができます。
それじゃあ、自分はどうなんだろうと問いかけてみると、程度の差こそあれ、ひょっとしたら私たちは皆、「ありがとう、おじさん」の対極にいるあの「愚痴りおじさん」と同様に、過去の亡霊にとり憑かれているのかもしれないのです。
ドキッ。