宮城県名取市高館小学校体育館
先日 2011年4月11日(月)、震災からちょうど1ヶ月経った日に宮城県名取市の避難所である高館小学校体育館へ、僕の友人のヘア・サロン Twiggy Tokyo からのボランティアチームと一緒に行ってきました。
僕だから出来ることと言えばヘナアートです。でもそれをやれる状況・時期なのかは避難所であるこの体育館に到着するまでわかりませんでした。
到着してすぐに NPO 団体の方から「ここに避難されている方々にとってはボランティアの方々とのコミュニケーションも必要とされていることの一つですが、今はまだ津波や地震についてのコメントやお話は控えてください」と助言を頂きました。被災された方々の精神的な状態を考慮されたお言葉でした。
体育館の中に入ると、絵を描いていたり遊んでいる子供達がいました。まずは「子供達にしてあげたい」と思っていたので、お母さん二人とその子供さんが話しをされている場所に行き、僕の自己紹介とヘナアートの説明をしました。そしてよかったら子供さん達にヘナアートを描いてあげたいとお伝えしました。すると「私たち大人もやってもらいたい」と言っていただいたので、まずはそのお母さん達からヘナアートをさせていただくことになりました。
その様子を見ていた子供達や他のお母さん達もやりたいというようにヘナはみなさんから大歓迎していただきました。
この体育館では家族毎に、段ボール紙を使い腰の高さ程のつい立てを創ることによってそれぞれのプライベート・スペースを創っていました。プライベートと呼ぶには程遠い状況ですが、一人のお母さんは僕を「我が家へようこそ!」「我が家でヘナを描いてください」と笑顔で僕を招き入れてくださいました。僕はその方の「家」で 11時から 17時まで休みなくヘナを描かせていただくことができました。そして描き始めたら、NPO の方からの助言を忘れさせる程、お母さん達は 2011年3月11日(金)のことを鮮明に僕に話し始めてくれました。
この地域は津波・地震の被害に加え、火災の被害もあった場所です。……続きを読む

被災地の方が語る当日の様子とは…
一人のお母さんとその中学生の娘さんは自宅にいた時に津波が来たので二階に上がったのですが、火災が発生したので自ら海水の中に入り隣の家に逃げ込んでその家の二階から自分の家が燃えながら流されていくのを見届けました。隣の家に逃げ込む際、海水の中で二人の老夫婦がいたのでその二人をギリギリのタイミングで引っ張りながら一緒に逃げ込みました。その逃げ込んだ家にはもう誰もいなく、全身びしょ濡れのまま二階に駆け上がって押し入れを開けたらそこには乾いた服と布団がありました。まずは二人の老夫婦を着替えさせ、そして自分たちも着替えて布団にくるまって夜を共に過ごしました。そしてその翌日、自衛隊がボートで巡回していた時に救出されたそうです。
20代の女性は買い物から車で帰っている時でした。自分の車の前が突然渋滞になりました。Uターンを試みている大型トラックがこの渋滞の原因かと思っていました。そのトラックが反対方向に走り出したと同時に「津波だ」「車から出ろ」「早く逃げろ」といういくつもの叫び声が飛び交いました。「津波?」と思った瞬間、過ぎ去ったトラックの背景には押し寄せる津波が迫って来ていました。この女性は車から出ようとした時に自分の周りにUターンする余裕があると判断しました。普段はこの女性にとってUターンをスムーズにするのはとても苦手で、前進後進の繰り返しを何回もやらなくてはできないほどなのですが、この時は生まれて初めて一回のターンで反対方向に向いていました。走り出した時にはすぐ後ろまで津波は来ていました。間一髪でしたが車で高台まで逃げ切りました。
ヘナアートセッションを通じて僕がご縁をいただいた方々はみなさんこのような奇跡を体験して助かった方々でした。
この方々と接していた時、僕の中で今までになかった想いが沸き上がってきました。それは今回のような奇跡を体験された方々って何か新しい人類、いや本来の人類に戻られた方なのではという確信に近いような想いでした。みなさんは慈悲と愛に満ちていて、力強く前を向いて生きている方々です。この方々のような意識がこれからの人類に、そして地球に必要とされているのではと感じました。
ヘナについても心・精神面への働きを、ヘナの体験を通してすぐに理解していただくことができました。僕は何もそのような説明はしていなかったのですが、ヘナを描き終えた時に二人のお母さんが僕に伝えてくれました。「震災後、初めて気持ちが落ち着いた感じがします。」「体の緊張が緩んで来たと思います。」「ヘナは元気の兆しですね!」……続きを読む

「ヘナ」は必要とされているのか?という気持ち
実は震災後のこの1ヶ月、僕はヘナに対しての不安が込み上げて来ていました。「こんな大変になってしまった時代にもうヘナアートは求められないのでは?」「ヘナなんかやっている場合なのか?」
でもこの日の彼女達の言葉が僕のそのような不安を吹き飛ばしてくれました。彼女達に僕は救われました。Twiggy Tokyo のヘア・ヘッドマッサージ・チームも皆さんからとても喜ばれていました。あるおじいさんはマッサージ後、左腕がここまで上がるようになったと大喜びでしたし、あるおばあさんは地震が来るたびに体が固くなりその繰り返しで全身がカチカチだったそうです。でもマッサージ後は体が柔らかくなって目がちゃんと開いている感覚が戻ったと笑顔いっぱいでした。ヘアカット後のあるお母さんはバッサリ切ってもらって気持ち良いとみんなに笑顔で話してました。
特別なことではなく、それぞれができることを通じてのふれ合いこそがこの避難所では必要とされていることだと感じています。
僕たちが避難所の方々にお別れのあいさつを交わしている時でした。僕の携帯の地震アラームがなり、その3秒後に大きな揺れが避難所を襲いました。マグネチュード7の余震でした。体育館の屋根は大きな音とともに揺れ、駐車場の車は左右に大きく揺れていました。避難所の方々の中には悲鳴を上げる方もいました。震災以来毎日、毎時間起こっている大小の余震の中で蓄積された恐怖と疲労が表に出て来た瞬間でした。
今では東京で揺れを感じる度にその時のみなさんの状況を思い出してしまいます。そして体育館のみなさんのことが気になってすぐにメールで安否の確認をとるようになりました。避難所の方が僕からのメールよりも早く、東京にいる僕たちの安否を気遣ってメールをくださる時もあります。宮城での揺れの方が遥かに大きいのにも関わらず、僕たちのことまで思ってくれる気持ちに涙しました。奇跡を体験された方の愛と慈悲に満ちた行動だと思っています。
今は僕にとってこの方々は家族のような存在にも感じています。
たくさんある避難所の中で今回僕はこの高館小学校体育館にご縁をいただきました。他の避難所のことももちろん気になりますが、僕はこの高館小学校体育館に集中してボランティアし続けていくことを決心しました。
これからも定期的に行きます。ヘナアートだけではなくその時に必要とされていることをやっていこうと思っています。
このボランティアを続けていく上で現地までの高速代金やガソリン代、レンタカー代をはじめ炊き出しの食材費など、諸々の必要経費が必要です。高館小学校体育館へのボランティアに賛同していただける方は、義援金を集っていただけると助かります。集まった義援金をどのようなことに使わせていただいたかのご報告も続けていきます。ご理解とご協力をお願い致します。
賛同していただける方は僕に一度 メッセージをください。
どうぞよろしくお願いします。
blessings ユキヤ
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