- 悲しみは愛に最も近い場所 -
A子さんは催眠状態に入り、遠い昔、些細なことで怒鳴っていた父親が、本当は怒りの下で何を感じていたのか、ゆっくりと感じていきました。
「底冷えのするような不安と絶望が、体に滲みこんでくるような感じです。自分には何もできない。本当にダメな奴だ。悪いのは自分だ。必死に隠しているけど、これがばれたら絶対に見捨てられてしまう。すごく怖い。自分を隠しているから、何をしていても孤独です。親だから子供を愛したい気持ちはあったでしょう。でもこの感情の方が大きかったから、ほんのちょっとしか愛せなかったと思います」
「青黒い沼に降りていくような感じです。低い湿地帯にある、ヌメヌメした泥の沼の中に入っていく感じです。周りは霧でよく見えません。怖いです。こんな冷たくてどろどろしたところにいたんだと思っていると、子供の姿の父を見つけました。大人の父も傍らにいて、茫然としています。私も急に小さい子供になってそこにいます。彼らの辛い気持ちが胸に迫ってきます。こんな気持ちを抱えながら生きているのは悲しいです。痛いほどの悲しみって本当にあるんですね。胸の肉がちぎれてしまったように痛いです」
そこで、今感じている気持ちを、A子さんの方から、父親に向かって話しかけてもらいました。
「お父さん、ここ冷たいね…。ここ悲しいね…。この世で生きていくのは悲しいね。私も世の中で生きてきて、たくさん悲しかった。見失ってしまった。見失ってなんのために生きているのかわからなくなってしまった。問題ばかり目について、不安と怖ればかりだった。でもこうして、沼の中でお父さんに出会えたね。お父さん、長いことここにいたね。ここに1人だったんだね。こんなところにいたんだね。悲しいね…」
こうして父親と、そのインナーチャイルドに向かって話しかけていくうちに、A子さんの心に変化が現れ始めました
「こんなところによくいたなぁ…。ずいぶん長い間いたんだなぁ。苦しかっただろうな…。お父さんのことを大切にしてあげたい。こんなところにいて辛いだろう、かわいそうだなぁと思います」
私はA子さんに、語りかけました。
「あなたもお父さんも、ずっと怖れの中に囚われていましたね。そして愛を見失ってしまった。こうして二人で一緒に悲しみを感じていると、見失っていたものが感じられてきます。お父さんと沼で出会って、悲しいねって、一緒に感じてあげてください。人間は誰も完璧ではないから、生きている限り、思うようにならないことがたくさんあります。そのたびに、辛く、悲しい気持ちになります。それをわかり合えるのは、悲しみを知っている人です。この悲しみは、愛に最も近い場所です」
- 「見~つけた!」 -
彼女は、自分の胸に幼子を抱きしめるようなしぐさで、しばらく涙を流し続けました。私は続けて語りかけます。
「A子さん、こんなふうにお父さんに出会ってみると、ここへ来る前あなたが見失っていた温かいものを、少し感じ始めているんじゃないですか? ここは、ずっと長い間、見失っていたものと、出会える場所なんです」
セッション後、A子さんはこのように語ってくれました。
「沼に入っていって父を見たとき、私はとても大切なものを、ここに置き去りにしていたんだなって思いました。父のこと、今まで心底憎んでいたのに、沼で彼を見つけたときに、嬉しかったんです。そして、父が『これがばれたら絶対に見捨てられてしまう』、と必死に隠していた感情も、『見~つけた!』って、感じてあげることができました。父のインナーチャイルドも私のインナーチャイルドも、ほっとしています。やっと、見つけてもらえたってほっとしている。見つけてもらえたし、私も見失っていたものを見つけることができました」
誰にも見つかりたくないけれど、永遠に見つけてもらえないのはもっと悲しい…。子供がかくれんぼを好きなのは、単純な遊びの中に、さまざまな思いが交錯するひとときを経験するからかも知れませんね。