人類という種がまだ若かった時代、私たちは自然の魔法を理解し実践していました。
でも今ではもっと進化して、いろいろな物を作ってくれる機械や装置を使うようになったため、私たちはみずからの真の本質であり、人類と自然を含む地球のすべてを創造している神聖な意識エネルギーの流れと、昔のようにパワフルにつながる術をほぼ忘れてしまったのです。
迷信の中には容易にその由来をたどり、理解できるものもあります。
たとえば西洋では、ウサギの足が幸運とみなされています。
これはウサギが多産の象徴であるため、狩人たちは夕食用にウサギを屠殺するとき、その子だくさんにあやかろうと足を取っておいたのです。
これも『類は友を呼ぶ』原理で、何かを象徴する品物を手に持ったり触れたりすると、それが自分に伝わるという魔術的な考え方です。
実はここで大事な点は、そのエネルギーの流れに合わせるために、自分自身も品物と同じ波動レベルになる必要があることです。
ほとんどの現代人はその方法を忘れているので、ウサギの足をチェーンでお財布につけておいても、それは偽りの迷信にすぎません。
あるとき私は香港で、古物商の男性から「本物の聖者の骨片」を勧められました。
何世紀ものあいだ、聖者・聖人と呼ばれる存在たちの骨片は売買されてきたのです。
たいていの人はただそれを持ち歩くだけで、聖なるヒーラーや天に召された魔術師がかつて所有していた神秘的なパワーを、多少なりとも獲得できると信じています。
でもこれは偽りの迷信です。
聖者の骨であれ魔術のマスターの骨であれ、それを通じて死者とコンタクトできるほどの能力者か、彼のパワーを利用する方法を知っている者でなければ役に立ちません。
そうでないかぎり、ただのきれいな飾り物です。
またほとんどの一般人は、生命のヴェールの向こうに行ってしまったスピリットと接触することを好みません。
みな、身体を持たない存在を幽霊と定義づけますし、昨今では誰もが幽霊をこわがるので。