2008年夏、まったく身に覚えのない中、どこからか侵入した菌が原因で、最悪の場合、手術で右足を切断することも考えて下さいと言われるような手術をしました。
── フジは、尾びれが急速に壊死するという非常に稀な病気にかかり、尾びれの75%を失いましたが、薬師寺さんもまた、2008年、突然に足に菌が入り、手術をされたと伺いました。どのような体験だったのでしょうか?
まったく思い当たるふしがない中、突然右足の激痛に襲われました。
病院にも行きましたし、鍼灸治療もしたのですが、痛みは増すばかりで、友人に勧められ、もう一度大きな病院で検査をしたところ、緊急入院・緊急手術となったのです。
手術直前だけでなく、入院中もずっと「右足の切断があり得るから」と先生から言われつつ、一ヶ月弱の入院生活をしました。
まったく動くことができない生活に、フジもこんな気持ちだったのかと考えさせられました。
幸い足を失うことなく退院できました。
── 切断にならなくて、本当に良かったですね。でも、不思議な体験ですね。
退院から2ヶ月して、思い立ったように奈良県の大神神社(オオミワジンジャ)に行きたくなったんです。
そして、まだ足をひきずりつつでしたが、三輪山に登らせて頂きました。
本当にゆっくりではありましたが、ただただ、自分の足で歩けることに感謝しながらの道のりでした。
── フジも人工尾びれをつけて、ジャンプが出来るようになった時、同じように思ったのかも知れないですね。
そして、その道中に “フジの尾びれを改造して、自分用のモノフィンを創ろう!” そして、“そのフィンでもって、もう一度イルカやクジラと対等に泳ごう” という思いが湧き上がってきました。
もともと、フジの人工尾びれを創り上げた直後、そのフィンを創ろうと考えてはいたのですが、世間にフジのことが知られるにつれ、今は売名行為に思われるかも知れないからと止めていました。
そして御山を登るにつれ、“今、自分の足がこうなっている時に創らないで、いつ創るんだ” という気持ちになってきました。
ブリヂストンに本物のゴムのパーツを譲ってもらうことや、私の体もトレーニングで以前のように泳げる体を取り戻すこと、そして、世界に一つのフィンをつけ、イルカやクジラと2ショットの写真を残し、それをもって、展覧会をしようというはっきりとしたイメージで頭がいっぱいになりました。
フジの尾びれと自分のフィンを並列に飾って、できれば外国の美術館で展示したいと思いました。
「世界初の人工尾びれプロジェクトを頑張りました」
というストーリーを前面に出すのではなくて、見た人に単純に 「すげー綺麗!」 と思ってもらえるような展示をしたいんです。
綺麗なものは言葉の説明がなくてもわかってもらえるに違いないと思うんです。
── 海外で展示をしたいのはどうしてですか?
日本人は、外国からイルカやクジラを食べると言われているじゃないですか。
でも、「人工尾びれプロジェクト」 を行ったのは日本人が世界で初めてしたことですし、全員が全員イルカなんて食べないし、日本人の大多数がイルカが好きだし、クジラが好きです。
そういうのを日本人は口べたで伝えきれてないような気がするんですね。
僕は、サンフランシスコの日本領事館で 「FUJI─人工尾びれのイルカ」 という講演をさせてもらったこともあるんです。
その時も、外国人の方が多く来てくれました。
── この講演の後に同じサンフランシスコで開いた個展で、とても嬉しい出会いがあったそうですが。
リノから来てくれた女の子のことです。
人工尾びれのことがサンフランシスコ・クロニクルという新聞に大きく掲載さたんです。
その記事を読み、学校の授業でそのことをテーマにした研究発表をしたら、“A” をとったそうです。
そのご褒美に、お母さんが作品展を見に連れてきてくれたとのことでした。
リノからサンフランシスコまではなんと車で5時間!
往復 10時間以上もかけて、わざわざ来てくれました。
これには、感激しました。
それだけで個展をした甲斐があったなと思いました。
イルカを愛する気持はみんな一緒。
フジのこと、僕の作品のこと、連れてきてくれたお母さんのこと、大人になってもずっと覚えていて欲しいなと。
心がじんわり暖かくなる出来事でした。