前回 の対談後、お二人?とも、まだまだ伝えたいことがあるとおっしゃっていました。
今回はその続きです。
さちよ
「“運のあるなし” とか “運を掴める人” ということを、多くの方が気にしているのですが、
お二人はどうお考えですか? 99%の努力と1%の運とも云われていますが」
賀茂
「観えない世界を信じる者はそれをどう捉えるかの?
努力が 99%ではなく 50%以下になってしまうものもおるのぉ」
さちよ
「何もしなくて神頼みですよね。髭仙人さんはどうですか?」
仙人
「元々、“運” とはどんなもんなんじゃと思う?」
さちよ
「“運” って自分の気を良き方向に運ぶ事ですよね」
賀茂
「何を運ぶかじゃよ、自分の中の良気じゃよ。今時の言葉で言うとポジティブな気持ちかのぉ。
その気持ちをニコヤカに天に運ぶということかの」
仙人
「そして棚ボタは無しじゃの、もともと棚は無いのじゃからの」
賀茂
「100%の努力と 100%の神の力じゃないのかの」
賀茂
「説明するがの、100%の力を出したものに神から頂けるご褒美じゃよ」
仙人
「運という字は最後の字じゃろ、“ん”。
文字、言葉のなかで一番最後で形にするうえで一番重要なものじゃよ」
賀茂
「100分の1かもしれないが、その 100分の1が 100%の内容にもなる」
仙人
「言葉と文字、思いを形に表す大事な物の締めくくりが “ん” じゃ」
さちよ
「思いを形にするには、言葉にしたり書いたり…」
賀茂
「とにもかくにも、それと大事なものはパワーじゃのぉ」
賀茂
「形を実現するパワーじゃ。勢い。音階だったら低い音より高い音。
あと忘れてならないのが明るくの、笑い飛ばせる心じゃの。
何故かというとの、笑いのエネルギーが最強のエネルギーだからじゃの」
仙人
「笑う門には福来る、というのはその通りじゃ、上手いことをいうの。わっはっは!」
さちよ
「最後の一つが一番大事だという事ですね。最後まで精一杯しなさい、ということですね。
『人智を尽くし天命を待つ』という言葉なのでしょうか…。
運は自分で掴んでいくということなのですね」
さちよ
「皆さまに今必要なメッセージをお伝えください」
賀茂
「皆にとっての幸せとはなんじゃの? 100人いれば 100通りあると思うがの」
さちよ
「賀茂じいがそう言っていますが、髭仙人はどうですか」
仙人
「そうじゃのぉ。そうじゃそうじゃ。“自分のいる環境” という事をひとつ考えると、
『環境は幸せ』ということに関係があるのじゃ。
まず、家庭じゃの、地域じゃの、国じゃの、星じゃの、そんな風に大きくみられるんじゃよ」
賀茂
「この地球というなかでも、今日、食べ物を一つも口にできなかった子供達もおるのじゃよ。
この日本という国に生まれて、ある程度生きることに対しての環境が整っている国じゃ、
おのずと幸せの価値観が変わるであろう」
仙人
「幸せの価値観、捉え方は環境によって大きく左右されるのじゃ。特に生きるという事に対しての。
例えば、食べ物を満足に口に出来ないところにおると、
明日の食べ物があることが幸せと感じることができるのじゃ」
賀茂
「食べ物があふれている国だと、明日の食べ物があっても幸せとはなかなか感じられないものじゃよ」
さちよ
「今ある環境に感謝しましょう、ということですね」
さちよ
「今回はここまでです。ありがとうございました」
“親” も “生れてきた場所” も “環境” も、自分で選んで生まれてきたと云われています。
例えどんな過酷な環境でも…。
自分で選んだという観点からものを観る事が出来ると、『どうして私は…』『何で私ばっかり…』から
『何のため?』とか『何が学び?』という観点に変わってくるのだと思います。
そうすると未来が観えてくる。
『未来の為の今!』という事を感じる事ができてくるのです。
未来が観えてくると “今” に感謝出来るのではないかと思うのです。
“今” に感謝できると未来も変わってくる…ということのようです。