一般的になってきた初午

2月最初の午の日を「初午」と呼びます。今年は2月7日が該当しており、恵方巻きに続けとばかりに、いなり寿司を食べる日としてPRがはじまりつつありますが、本来は稲荷神のお祭りの日です。

お稲荷さんといえばそのお使いである「狐」というイメージが強いのですが、なぜ、そのお祭りが「初午」なのかというと、お稲荷さんの総本山である伏見稲荷大社に、御祭神である宇迦之御魂神が降臨したのが、711年の初午の日だからなのです。

この日には初午祭が開催されますが、お稲荷さんは五穀豊穣、商売繁盛と農村でも街でも多くの人から信仰を集めており、全国に稲荷社があることもあり、それぞれ五穀豊穣や商売繁盛などのお祭りを行う日となりました。もちろん、伏見稲荷大社にお参りできる人たちは「初午詣」として伏見稲荷大社を訪れます。

現在では新暦で初午が行われるようになっていますが、そもそもは初午は旧暦のものでした。旧暦の場合初午は2月下旬から3月中旬という春の兆しが現れた頃に巡ってくるものだったのです。

伏見稲荷大社を参拝したことがある方はわかると思いますが、奥社まで参拝するとなると軽い山登りになりますので、平安時代頃は春の陽気が感じられるようになった気持ちいい季節に、人々がハイキング気分で初午詣をしていたという記録が残っています。中には一度だけでなく、1日で何度もぐるぐると山中をまわったという人もいるほどです。

ちなみに現代でも名前を残す清少納言が『枕草子』で、初午詣の経験を語っています。それによると、朝から初午詣でをしたものの、中ノ社にさしかかった当たりで体力の限界を迎えてしまったといいます。清少納言は宮廷に仕えていた、かなり身分の高い女性だったので、体力もなかったのでしょう。

そんな初午詣で奉納されていたものが「いなり寿司」。宇迦之御魂神のお使いである狐が油揚げが大好物とされたことから、そんな油揚げを人間も沢山食べられるように考案されたものが、いなり寿司だったのです。

元々、人間が沢山食べられるように考えられたものがいなり寿司ですので、奉納するだけでなく、五穀豊穣や商売繁盛を願って食べようという近年の風習は悪いものではありませんが、節分の恵方巻きのように、コンビニなどでの大量廃棄がでないように、家庭で作って食べるのがベストかもしれません。