悪鬼からどんな願い事も叶えてくれる女神へと変わった存在

多くの宗教では、対立する宗教や土着の信仰を自らの中に取り込むことで、その眷属を増やしていくという手法がとられます。仏教でも釈迦やその弟子以外はヒンドゥー教などから取り入れられた存在が多く、どちらかというとそちらのほうが数が多いぐらいなのです。

そんな中でも特に異彩を放つ存在の中に、かつては裸で空を飛び回り人を襲ってその肉を食べたといわれている悪鬼がいます。どう考えても仏とはいえないのですが、時代とともにその役割は変わっていき、日本ではどんな願い事も叶えてくれる女神とされたのです。それが「荼枳尼天」。

元々は前述したように「ダーキニー」という悪鬼の種族でした。それがいつしか、荼枳尼天という固有の存在に変わっていったのですが、その変遷はなかなか興味深いものです。

まず、ダーキニーは裸で人を食べていたことなどから、性的なものを司ると考えられるようになります。仏教や密教の一派では、男女の性愛を肯定し、それによって悟りを得ようとしていたために、そういった人々にとって荼枳尼天は、まさに本尊とするにふさわしい存在だったのでしょう。単なる一時の性愛ではなく、仏へと至るセクシャリティを導いてくれ存在へと変化しました。

日本に伝わってからも、立川流などの性愛を主とする流派によって本尊とされていましたが、いつしか冒頭に掲載したような白狐にまたがった姿が一般的となり。それとともに、狐を神使とする稲荷神社との関連をもっていくのです。ちなみに、厳密には狐ではなく「野干(やかん)」、すなわちジャッカルだったのですが、日本にはジャッカルがいないために、狐だとされたのです。

人肉を食べたり、性愛の守護神だったものが、稲荷と習合することによって天皇の即位にその真言を唱えて天の狐を招くようになったり、一心に信仰することでどんな願い事でも叶えてくれるといわれるようになります。そのために、戦国時代には荼枳尼天を祀った稲荷が増えることになりました。

一般的な稲荷神社は豊作や豊穣をもたらしてくれるわけですが、荼枳尼天の稲荷社はどんな望みも叶えてくれるだけでなく、戦勝祈願に効果的とされたわけです。元々が悪鬼だったこともあり、攻撃的なのも納得できます。ちなみに、悪鬼の要素が残っている部分として、荼枳尼天は願いを叶えてくれるかわりに、感謝を怠ったり、その後信仰を変えると祟る存在だともいわれていたのです。

明治時代に神仏分離が行われたことによって、荼枳尼天は稲荷神社と関係がないものとされましたが、一時期は伏見稲荷でも荼枳尼天が祀られていたことがあるということを考えると、実際には、稲荷神社のもうひとつの側面といっても過言ではありません。

ちなみに、現在でも有名な豊川稲荷や最上稲荷などは本尊として、荼枳尼天として祀っています。元々の存在が悪鬼だったこともあり、ちょっと怖い側面もありますが、多大な御利益をもたらしてくれる荼枳尼天に興味を持った方は、これらのお寺を訪ねてみるといいかもしれません。