陰陽道の開祖といわれる留学生

安倍晴明によって、現代でも広く知られることになった「陰陽道」。すでにその本質は失われてきているものではありますが、現代でも魅力を放つ陰陽道を日本にもたらしたといわれる人物をご存じでしょうか?

その人物とは「吉備真備(きびのまきび)」。今から1300年以上前の人物です。吉備真備は、中国へと留学し、そこで17年もの間学びを続け、多くの書や品物、自らが学んだ多くの知識を持って日本へと戻ってきました。

当時の中国はまさに世界最先端の国でしたので、そこで多くの知識を得てきた吉備真備は朝廷で重用され、一気に10階級も昇進します。そんな彼が日本にもたらしたものは、天文や暦といった陰陽道に関連するものはもちろん、日時計や楽器、音楽書など多岐にわたっていました。

しかしながら、彼が朝廷に重用されたのは、単なる知識だけだったのではないと考えられています。吉備真備は聖武天皇に重用されたのですが、聖武天皇の母親の病を治療し大きな成果をあげたのがその要因とされています。この病は「気鬱の病」だったそうです。つまり、精神的な病を治すための能力を持っていたわけです。

それがスピリチュアルなものかどうかは定かではありませんが、中国にいた時点でも、吉備真備が不思議な力を持っていたというエピソードはいくつか残っています。そのひとつに、中国で役人に捕らえられた時に、日月を封じたために、役人が驚いて彼を釈放したというものがあります。これは、現実的に捉えれば、天文学に精通していたために、月食などを予言して驚かせたという考え方もできますが、そもそも、中国で学んだ天文学ですので、それで釈放されるほどの説得力があったのかは謎です。

さらに、他人の夢を盗むという術も持っていたといわれていますので、何らかの形で人の精神を操るための技術をもっていたのかもしれません。だとすると、前述の気鬱の病を治療したというのも、一種の催眠療法的な手法を用いたのかもしれません。

そんなエピソードを持つ吉備真備ですが、陰陽道の秘伝書といわれている『金烏玉兎集』のベースとなるものを中国から持ってきたといわれています。『金烏玉兎集』自体は安倍晴明が作者とされていますが、成立年代が安倍晴明没後であることから、安倍晴明+吉備真備というダブルの権威付けを狙ったのかもしれません。

このような権威付けというのは、陰陽道を初めとした術の世界では良く行われており、安倍晴明の安倍家も、安倍晴明が台頭するまで陰陽寮を司っていた賀茂家も、どちらも自らの先祖として吉備真備をあげているのです。

陰陽道の達人たちがみずからの先祖だと主張した吉備真備。現代の研究ではどちらも信憑性は薄いとされていますが、それほど伝説的な人物だったということでしょう。彼が本当に陰陽道の術を伝えたのかは今となってはハッキリとはわかりませんが、暦や天文といったものは日本のスピリチュアルな文化の根幹といえますので、スピリチュアルな偉人といって間違いないでしょう。