名前は知られずとも、日本の文化に影響を与えた神

医薬の神、商業の神として信仰を集めていながらも、その名前はほとんど知られておらず、にもかかわらず、お祭りなどにつきもののテキ屋の祖先とも言われている神様がいます。

その神様の名前は「神農」。中国の伝説的な皇帝の一人です。日本でも、初代天皇などは人間というよりも、神様的な色彩が濃いものですが、古代中国の皇帝には、そもそも姿からして、人間離れしている存在が多いのです。

伝説によれば、神農は頭と両手両足以外は透明であり、内臓が外から見えたともいわれています。クラゲか宇宙人のような姿をしていますが、彼は非常に重要な仕事を行いました。それは自分の身体を使って、身近にある草木の薬効をチェックしたというもの。

前述したように、自分の内臓が見えることによって、草木が毒を持っていた場合には、内臓が影響を受けたのが一目瞭然でわかるので、そこからそれらがどのような効能を持っているのかを把握していったのです。これだけ無茶なことをしたために、最終的には体内に蓄積された毒で亡くなったともいわれていますし、何度も亡くなっても薬草の力で蘇ったともいわれています。

このように現在の漢方薬の元祖ともいえるだけに、神農は医薬の神として信仰されています。現在でも残っている『神農本草経』は、世界最古の薬草書でもありますが、こちらにも神農の名前が冠されているほどです。このようなことから、中国ではメジャーな神様ですが、日本ではあまり知られていません。

しかしながら、一部では深く信仰されてもいました。お祭りなどの、縁日で様々な屋台を出す人々、いわゆるテキ屋は、古くから神農を祀っていました。古い時代には彼ら自体を「神農」と呼ぶことがあったほどです。なぜ、お祭りや縁日でお店を出す人たちが、医薬の神を信仰したのかというと、そもそもお祭りなどは神仏に関する場所で行われていたために、彼らが信仰深かったということや、祀られている神仏に関係なく、信仰できる存在が必要だったなどが考えられます。また、単純に、あまり地位の高い人々出はなかったために、自分たちの仕事に誇りを持つために、皇帝であり医薬と商業の神である神農を祀ったともいわれています。

このようにテキ屋を除くと、日本ではあまり知られていない神農ですが、まったく祀られていないわけではありません、由緒ただしい湯島聖堂に祀られているのです。こちらは、徳川家光によって祀られたものであり、湯島聖堂三大行事のひとつとして勤労感謝の日に、神農祭が行われています。ストレートに祀られてはいないものの、神道の医薬の神である「少彦名命」と習合されるケースも多く、大阪の少彦名神社などでは、同じく勤労感謝の日にお祭りが行われています。

自らの身体を張って、多くの人を助けるための薬を見つけ出した神農。もっと、多くの人に知って欲しい知られざる神仏です。