日本の吟遊詩人を称えるお祭り

本日、8月16日、奈良県にある賣太神社(めたじんじゃ)にて、「阿礼祭(あれいさい)」というお祭りが行われます。このお祭りは、昭和5年に始まったものですので、比較的歴史は新しいものですが、古事記編纂(へんさん)1,300年となる今年、特にクローズアップされるべきお祭りだと思いますので、紹介したいと思います。

以前に紹介したように、今年は 『古事記』が編纂されてから 1,300年 という記念すべき年となります。古事記といえば、神道の神々について詳しく書かれている書物なわけですが、これは稗田亜礼(ひえだのあれ)という人物が語った内容が元になっています。

通常文章の編纂といえば、様々な文章を集めて纏(まと)めることを指すわけですが、古事記も『帝皇日継(ていおうのひつぎ)』と『先代旧辞(せんだいのくじ)』という2冊をまとめて成立したものと言われています。ただ、編纂の仕方がちょっと変わっていて、この2つの書物を稗田亜礼が読んで、その内容を全てを覚えてそれを朗読したものを別の人が書き取って、古事記として纏めたのです。

稗田亜礼という人は、とても記憶力がよく、一度目にしたものや耳にしたものは決して忘れなかったのだそうです。その能力を見込まれて、2つの書物を記憶することになったわけですが、そもそも書物があるのならば、一人の人間に記憶させるよりも、数名で編集した方が遙かに早いことになります。では、なぜ、特殊な方法をとったのかというと、そもそも古事記の元となった2冊は存在しておらず、その情報は稗田亜礼が記憶していたものであることを隠すために、あえて特殊な方法を行ったかのように記録したのではないか…と言われているのです。

ケルトで様々な役目を担っていた 「ドルイド」という存在がいましたが、彼らは歴史や技術などを文字に書き残すことはせず、一字一句全てを覚えていたとされています。その中でもケルトに伝わる神話を記憶し、歌とともに語り継いだ人々を「吟遊詩人(ぎんゆうしじん)」と呼んでいるのですが、稗田亜礼は、日本における吟遊詩人的な役割を持っていたのかもしれません。

記録には男性か、女性かは残っておらず、現在では藤原不比等(ふじわらのふひと)の別名なのではないかとも言われていますが、一般的には女性だったという説が有力となっています。女性だった理由はいくつかあるのですが、古事記に登場する天宇受賣命(あめのうずめのみこと)を祖先とし、歌と踊りによって神話を伝える一族だったのではないかという説が有力です。祖先が女神であるので、伝えているのも女系であり、巫女の家系であった=女性だったというわけです。

本日、お祭りが行われる賣太神社は、主祭神が稗田亜礼ですが、他にも天宇受賣命と、その夫である猿田彦命(さるたひこのみこと)も祀(まつ)られていますので、上記の説は比較的広く伝わっているものである、ということになります。

前述したように、もともと、稗田阿礼をたたえるようなお祭りは行われていなかったのですが、昭和5年に児童文学者が、日本ならではの「話の神様」として、稗田亜礼に目を付けて、全国各地の童話家の協力を得てお祭りを始めることになったのだそうです。それから今に至るまでお祭りが続いているということです。

一般的にはあまり知られてはいませんが、古事記の著者ともいえる存在であり、なおかつ日本の吟遊詩人でもあり、話の神様ともいえる稗田亜礼。お近くの方は、是非お祭りに参加してみてください。また、奈良を訪れる機会がありましたら、賣太神社を訪れて古事記を生み出したそのエネルギーを感じてみるのもオススメですよ。