三位一体の神

いよいよ、七福神の秘密も最終回となりました。今回紹介するのは「福禄寿(ふくろくじゅ)」。前回紹介した 寿老人 と同一だともされている存在です。

なぜ福禄寿が寿老人と同一視されるのでしょうか? それは福禄寿の性質と寿老人の性質が一部重なっているからなのです。福禄寿はその名前でもある「福」「禄」「寿」を具現化した存在であり、他の七福神と違って単一の神様ではないのです。

この3つを道教では「三徳」としており、それらを手に入れたいと願っていました。それぞれがどんなものかを簡単に説明すると「福」は単に幸福というわけではなく、人間関係、特に家族関係が幸せになるという意味。「禄」とは財産に関すること。「寿」とは長寿を表しているのです。

3つの要素を持っていることからもわかるように、本来福禄寿とは3体で表現されていたようです。鶴、鹿、桃や、コウモリ、鶴、松などといった縁起の良い動物と植物で表されたり、壮年の男性と、子供やお金を抱いた人、そして老人といった三人一組で表されたりもしたようです。

この後者のパターンは、福禄寿の大元を福星、禄星、寿星という3つの星の具現化だと考えたことが由来です。福星とは木星のことを現しており、以前紹介したように、さまざまな神話で 父なる星として知られている ことから、壮年で黒髪の強そうな男性として表現され、3者の中心に書かれています。

禄星は、北斗七星の中の一つとも言われており、勉学や財宝を司るとされています。また、補佐官的な意味合いもあるので、お金や子供を抱えた姿で表現されているのです。福星を補佐する存在ということでしょう。

最後の寿星は南極老人星。つまりは、寿老人です。姿もそのままずばり寿老人であることから、寿老人と福禄寿は同一というよりも、福禄寿というユニットから、寿老人が独立したというのが正しいようです。

本来の意味合いからいうと、福星が一番強力だったはずなのですが、中国では言葉の音が同じものは存在も同じ、と考える風習があるようで「福」と「蝙」、「禄」と「鹿」が同音のために、コウモリと鹿を従えた老人の姿を福禄寿としたこともあったようです。おそらく、福禄寿と寿老人が同一という話はこの辺りから来ているのでしょう。

とはいえ、福禄寿の御利益の中には、完全に寿老人の御利益も含まれてしまっていますので、寿老人を七福神から抜かそうという運動は何度も出てきたようです。新しい七福神のメンバーとして考えられたのは福助、お多福、仙台四郎といった富をもたらす民間信仰の存在や、稲荷神、虚空像菩薩といったかなりメジャーな神様、ヒンドゥー教出身で弁才天の前に七福神にいたのではないかといわれている吉祥天などがありました。

どれもが富をもたらしてくれるという存在であるのが興味深いところで、寿老人がそういった神々に取って代わられなかったのは、富よりも寿命を延ばすという御利益を求める人が多かったためかもしれません。

そんな寿命延命の効果を持ち、さらには人間関係やお金までもたらしてくれるという、ある意味、ほとんどの人間の願望を叶えてくれる福禄寿。お参りをする際には、一柱の存在ではなく、三位一体ということを感じた上で、願いをかけるとより効果があらわれるかもしれません。