現代社会と老荘思想(21)

「タオイズムの本質『シンプルに生きる』」

前回はタオイズムの本質とはということを書きました。

そのひとつである『シンプルに生きる』ということ。

ものごとの本質はシンプルな原理で説明出来る。

複雑なものに見えるのは、自分でものごとを複雑にしているだけである。

そしていろいろ複雑な見方をこね回しているから、本質が見えてこない。

枝葉末節にこだわっていることが、タオから外れた無駄な努力を生み出し、問題を作りだしてしまうのだ。

さてこの『シンプルに生きる』とは、複雑にならないうちに片づけてしまおうという発想にもつながってきます。

老子道徳経第63章では、「無為を為し、無事を事とし、無味を味わう」で始まる文章があります。

難しいことは、まだそれが優しいうちに扱い、大きな事はそれがまだ小さいうちにうまく処理してしまえばいいのだ。

世の中の難問も、必ずそれが易しくて何でもないことが原因だし、大きな事件だってちょっとしたきっかけから起きてくるんだ。

だから賢人はは、決して大きなことを扱おうとしない。だからこそ大きなことだって成し遂げられるんだ。

安請け合いばかりしていると信用をなくすし、いい加減な安易なやり方は必ずあとで難儀な状態をまねいてしまう。

これは賢人でも難しいと思うわけで、だからこそ難しいことなどなくしておいて為しとげるのだ。

老子道徳経第63章より


難しいことも易しいうちに手を打っておけば、易しいままで成し遂げられる。

大きくならないうちに、小さな事からかたづけていけば、結果として大きな事がなしとげられる。

これが、何もしないようでいて成し遂げ(無為を為す)、問題にならないうちに片付け(無事を事とする)、だから何もなかったように過ごせる(無味を味わう)ということなのです。

ところが、私たちは世の中は複雑で難しい問題があるのが当たり前、という前提で生きようとしてしまう。

だから「いかに問題を解決するか」と身構えてばかりいるわけです。

そうではなく、まず問題を作り出さないことを考えていれば、大きなやっかいごとなど起きてこないんだよと説くわけです。

そういわれると、なんで簡単なうちに片付けなかったんだろうと思い当たることがないでしょうか。

学校の夏休みの宿題、大変なことにならないうちに少しずつこなしていれば、何でもないはずなのですが、どういうわけか夏休みが終わる頃に慌て出したりするものです。

老子の説くように、易しいうちに、小さいうちに処理することを心がければ、世の中はずっと単純なものに見えて来るのかもしれませんね。

シンプルなうちに、シンプルなまま、シンプルに生きていこう。

これが『シンプルに生きる』ということです。

『人生を変える「いいね!」セッション 』
投稿者である pao さんの Facebook ページです。
老荘思想ほか心理学関係のテーマなどこころの問題を扱った記事が満載で、テーマ別グループもあるということですので、是非ご覧ください。