寺社仏閣と数字

数学や数字といったものは元々神秘的なものだと考えられてきました。現在でも「数秘術(すうひじゅつ)」などは人気ですが、もっと単純な数字にもスピリチュアルな意味合いが込められているのをご存じでしょうか?

「0(ゼロ)」の発見は人類の最も重要な発見の一つだと言われています。この0が生まれたのはインドであり、その大元は仏教なのだそうです。先日紹介した 般若心経(はんにゃしんぎょう)は「空(くう)」をわかりやすく説明しているものですが、この空の概念があったことから、無を表す表記として0が考え出されたのです。

ちなみに無である0だけでなく、ものすごく大きな数に関しても仏教が深く関係しています。普段私たちが使う数字で大きい単位というと、最大でも「兆(ちょう)」ぐらいであり、まれにその上の「京(けい)」も登場しますが、それ以上の単位というのはまず使われることはありません。しかし、その上にも単位はいくつもあるのです。

その中で「恒河沙(ごうがしゃ)」という単位があります、これは 10 の 52乗という、とてつもない単位ですが、これは仏教用語でガンジス川に無数にある砂のこと。仏典では恒河沙は無限の数量を表していたようですが、いつしか無限ではなく非常に大きな数を表す概念となってしまい、その上がさらに登場してきます。

恒河沙の上の単位は小さい方から順番に「阿僧祇(あそうぎ)」「那由他(なゆた)」「不可思議(ふかしぎ)」「無量大数(むりょうたいすう)」となりますが、それぞれが仏教用語であり阿僧祇は「数えることができない」、那由他は「極めて大きな数量」、不可思議は「想像することができないほど大きい」という意味があるのだそうです。

今のところ最大となっている無量大数は、10 の 68乗(!)の単位で「無量数」という仏教用語をもとにしています。実質、恒河沙以降はほとんど同じ意味合いを別の言葉にしているだけなのですが、仏教には数え切れないものを表現するための用語が非常に沢山あることがわかると思います。

一方、神道はというと、単位的なものはありませんが、数字そのものに言霊があるという思想をもっています。「12345」を一般的に数えると「いち・に・さん・し・ご」ですが、日本古来からの数え方をすると「ひ・ふ・み・よ・いつ」という形になります。この数え方はそのまま祝詞(のりと)となっており、古くは死者すら生き返らせる力を持っていたとさえ言われているのです。

古文書をもとに日本語の言葉にはすべて神が宿っており、一音一音が力を持っているという研究を発表した学者もいますし、数字と言葉にはスピリチュアルな繋がりがあるというのは、古くから考えられていたのかもしれません。

その証拠に江戸時代には「算額(さんがく)」というものがありました。これは、数学の問題が解けたことを神仏に感謝し、これからも勉学に励むことを記念して、自分が解いた問題を記した額を神社仏閣に奉納したというもの。

算額に描かれている内容は数学といっても、どちらかというとパズル的な感じが多いですが、そういった難問の解答や問題を奉納するのが流行したのだそうです。今ならばウェブ上で発表したりするものを、神社仏閣を舞台に発表していたというのが、当時の人々の精神性を感じさせてくれます。

数字の神秘は非常に奥が深いものですので、これからも機会があったら紹介していきたいと思います。