現代社会と老荘思想(19)

「道のまん中が王道なのだ」

天の道は弓を引くときのようなもの、高い方は下に引っ張られ、低い方は上に引き上げられるのだ。「天之道,其猶張弓乎。高者抑之,下者舉之。」

つまり力を持ちすぎたものは、いずれ力をい落とすことになるし、下に甘んじていたものも、やがて力を発揮出来る機会がやってくるもの。

これが自然の成り行きだと老子は言います。

「道」の働きというのはそういう調整作用があるものだと言っているのです。

すなわち。「余り有るものは之を損ない、足らざる者に之を補う」働きです。

ところが現実の社会では何が起きているのか。

足らざる者が余っている者に献上している。どうして有り余っている財産を天下の貧しい人々に放出しないのだろう。
これができるのは道に従うことを知っている聖人だけなのだ。

だから聖人は

「為して恃(たの)まず、功成りて處(お)らず、其れ賢を見(しめ)すことを欲せず。」

成功してもおごらないし、権力の座にいすわったりしないし、自分の有能さを見せびらかすようなことも望まないのだと言います。

このように「偏ったことはやがて元に戻される」という道の働きは、表現を変えて繰り返し登場する老子の考え方です。

言い換えれば、目先の欲に駆られないで、自然(タオ)にしたって、偏ってしまわないうちにタオの道に戻ることを心がける。

これによって、余計な苦しみを味わうことなく、無理をせずに安らぎと共に暮らしていけるのだ。

このことに早く気がつきなさいと言っているのです。

うまくいき出すとついついもっと欲しくなる、今まで築いたものを失いたくないとしがみつきたくなる。

これが知らないうちに道から離れてしまう原因であり、人間の陥りやすい弱さです。

そして、そこに入り込んでしまうと、自分では「今が天下」と充実しているように錯覚してしまう。

しかしそれは、五感を刺激して惑わず華やかなだけの偽物なのです。

やがて、元々自分のものでもなかった財産は、それを失うことを恐れる対象になり、安らかに眠ることも出来なくなる。

そのとき自分は道(タオ)から外れてしまっているんだよ。

それに気がつく感覚を取り戻しなさい。

一時の欲望に惑わされて本来の道を見失わないようにしなさい。

そのように、訴えかけているのです。

天之道,其猶張弓乎。高者抑之,下者舉之。有餘者損之,不足者補之。天之道,損有餘而補不足。人之道則不然,損不足以奉有餘。孰能有餘以奉天下,唯有道者。是以聖人,為而不恃,功成而不處,其不欲見賢。
老子道徳経 第七十七章

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