聖人の残したもの

世界中に知られている聖人といえば、イエス・キリストと釈迦=仏陀で間違いないと思いますが、彼らが残した「聖遺物」と呼ばれるものをご存じでしょうか?

イエスが残した聖遺物は映画の題材などにもされることがあるので比較的有名かもしれません。「ダ・ヴィンチ・コード」にも登場した「聖杯」はイエスが最後の晩餐の時にワインを入れて弟子達に飲ませたとされているもの。

現在、聖杯ではないかと言われているものが4つありますが、どれが本物かという結論は出ていません。また、もっと神秘的なものであるとして、映画や小説の題材にたびたび取り上げられてもいます。同じように映画などによく登場するものとしては、イエスが処刑された時にその体を貫いた槍=聖槍もあります。こちらは槍を持っていた兵士の名前を取って「ロンギヌスの槍」と呼ばれたりもします。

この槍はアドルフ・ヒトラーが世界征服のために求めたなどといういわくがついたりと、非常にインパクトがあるものです。したがって、いろいろな小説や映画などに登場していますが、実際に存在しているのかどうかは定かではありません。

他にもイエスの姿が映っていると言われている「聖骸布」。処刑された時にイエスの体をとめていた釘=聖釘などもあります。聖釘はいくつも発見されたとされており、最近でも聖釘が発見されたという報道がありました。なんと、現在世界中の教会で祀(まつ)られている聖釘の数は 30本を超えると言われています。処刑の際にそんなに釘だらけにされたということは考えにくいので、ほとんどが偽物の可能性が高いと言えるでしょう。

仏陀はイエスに比べると、聖遺物といったものは少なく、遺骨や灰を収めた「仏舎利(ぶっしゃり)」というものがあるだけです。仏舎利は本来は骨が入っていたはずなのですが、いつしか仏陀が着ていた服の切れ端や、高価な宝石まで、ちょっとでも仏陀に関係しているものを入れて仏舎利というようになったようです。

当然ながら仏陀は一人しかいませんので、どんなに頑張っても仏舎利の数はたかが知れているはずなのですが、現在世界中にある仏舎利の数を合わせると奈良の大仏が造れるぐらいの量の骨が集まると言われています。

日本にも仏舎利はいくつかあって、これこそ本物だと主張しているお寺もありますが、完全な本物を証明する手段もない状況では、どれが本物なのかは永遠にわからないでしょう。

偉大な聖人が亡くなったときに、少しでも何かあやかりたいと思うのは洋の東西を問わず人類の普遍的な思いのようですが、果たしてイエスや仏陀がそういった品物に対して価値を見いだしていたかというと疑問が残ります。