象の姿をした神様

本日、4月15日は「象供養の日」。本来日本には生息していないはずの象を供養するというのはどういうことなのでしょうか?

象供養の日が制定されたのは 1926年と想像よりも古く、象牙を扱う業界の団体である東京象牙美術工芸協同組合によって制定されました。簡単に言うと象自身というよりも、象牙を供養するというのが正しいようです。

象牙とは読んで字のごとく、象の牙=歯のことであり、大きく発達した象の牙はその美しさと加工のしやすさからさまざまな工芸品の素材とされてきました。特に印鑑の材料として優れていたために、印鑑社会の日本ではワシントン条約が締結されるまで世界有数の象牙の輸入国だったのです。

日本がワシントン条約に参加したのは 1980年のことですので、象供養の日が制定されたころには、かなり大量の象牙が輸入されていたことが想像できます。一説によると、高度経済成長の時代には日本に輸入された象牙の9割が、印鑑として加工されたといわれています。

象牙はその材質から、正倉院に宝物として収められている工芸品の素材とされていたり、根付けや印籠、パイプなどに加工されていました。ちなみに、江戸時代に盛んに作られた根付けは、その芸術性の高さから、現在も海外でかなり人気があるようです。

人々に好まれた象牙ですが、それだけに象牙目当てで象を乱獲する業者が増え、象が絶滅寸前になったことから、ワシントン条約により世界の象牙貿易は終了しました。しかし、最近では象が増えすぎたために、一部象牙の貿易を試験的に再開したりもしているようです。

象の牙というのは、古代の人にもインパクトがあったようで、牙の折れた象の姿をした神様も存在します。その神様とは「ガネーシャ」。インドではとても人気の高い神様なのです。

その姿は4本の腕をもち、お腹のふくれた人間の体に片方の牙が折れた象の頭が載っているという、一見するとグロテスクな感じもしますが、よくよく見るとユーモラスなものです。商業の神、学問の神として広く信仰されているのもうなずける気がします。

もともと穢(けが)れから生まれた存在であるため、あらゆる障害を吸収して取り除いてくれるとされ、新しい事業を始めたり、新しい物事を開始する際にガネーシャに祈りを捧げることで、障害を取り去ってくれるのだそうです。

そんなガネーシャですが、基本的に片方の牙が折れた状態で表現されます。牙が折れた由来はいくつかあり、夜中に籠で運ばれているときに、従者が蛇に驚いてガネーシャを放り出した時に、頭から落ちて折れてしまったというものや、父親が投げた斧を、避けたり反撃したりするのは、目上に向かって失礼にあたるために敢えて牙で受け止めた際に折れた…というもの、夜道で転んだときに、持っていたお菓子がお腹の中から飛び出したのを、月が見ていて笑われたので、頭にきて自分で牙を折って投げつけた…などがあります。

お父さんの斧以外はどちらかというと、おまぬけな理由が多いような気がしますが…だからこそ、多くの人々に好かれているのかも知れません。ちなみに、ガネーシャは日本では歓喜天(かんぎてん)という名前で、人々の願望を成就させることから欲望を叶える珍しい仏様として知られています。

欲望を叶えるということからか、禁欲的な日本の仏教としては珍しく男女が絡み合う姿をしていたり、性的なイメージをさせる仏像が多く、秘仏として普段は公開されていないものが多いようです。

ガネーシャも歓喜天も、どこかユーモラスで人間くさいところがありながらも、人間の欲望を素直に叶えて、障害を退けてくれるというのが人気の秘密なのでしょう。歓喜天は、国内の寺院では秘仏となっているところが多いですが、ガネーシャはインド料理店などに行くとかなりの割合でポスターや像が飾られていますので、興味を持った方は牙のチェックをしてみてください。