大仏の秘密

大仏というのは、読んで字のごとく「大」きな「仏」像のことです。広辞苑によると大体5メートル弱ぐらいから大仏と言われるようです。

日本で「大仏」というと、奈良の大仏と鎌倉の大仏がぱっとイメージされるかもしれません。一見するとどちらもよく似ているのですが、実は奈良の大仏は「盧舎那仏坐像(るしゃなぶつざぞう)」、鎌倉の大仏は「阿弥陀如来坐像(あみだにょらいざぞう)」なのです。単に名前が違うだけではなく、全く別の仏様なのです。

盧舎那仏とは、別名「毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)」とも言って、サンスクリット語の「ヴァイローチャナ」を漢字に直したものです。真言宗では大日如来がこのヴァイローチャナであるとされていますが、どちらにしてもこの仏様は宇宙の中心にいる最高位の存在なのだそうです。

一方、阿弥陀如来はサンスクリット語の「アミターバ」を漢字に直したもので、極楽浄土を担当する光の仏様で、空間や時間の制限を受けない存在なのだそうです。ちなみに「あみだくじ」は、この阿弥陀如来の後光から名前が来ています。

どちらも太陽や光をもたらす格の高い仏様です。それだけに人気も高く、昔から現在にいたるまで多くの信仰を集めていることから、これだけの巨大な仏像が造られることになったのでしょう。ちなみに、大仏は奈良と鎌倉だけでなく、日本各地に存在しています。

小さな物から大きなものまで様々ですが、その中でも群を抜いて巨大な物が茨城県にある「牛久大仏(うしくだいぶつ)」。奈良や鎌倉の大仏は座像といって座っている状態ですが、牛久大仏は立像、つまり立った状態の仏像です。

それだけでも大きさが想像できるかも知れませんが、なんと像の大きさは 100メートル、台座と合わせると 120メートルにも達し、世界で3番目に大きい立像なのだそうです。ちなみに有名な自由の女神の3倍の大きさ、奈良の大仏が掌に載るほどの大きさなのです。

牛久大仏は飛び抜けて大きいにしても、奈良の大仏や鎌倉の大仏も 10メートルを超える大きさです。一体なぜ、こんなに大きな仏像を造ろうと思ったのでしょうか?

もっとも古い大仏は西暦 606年に作られた「飛鳥大仏」だと言われています。サイズは大仏の基準にも近い 4.85メートルで、他の物に比べると、さほど迫力があるわけではありません。それから 150年後の 752年に奈良の大仏が完成します。

一説によると怨霊を鎮めるために奈良の大仏は造られたと言われています。奈良の大仏を作ったのは聖武天皇なのですが、国中の銅を溶かして大仏を造るという命令を出したと言われています。当時は大仏建立だけでなく、国分寺といって国ごとにお寺を建てるなどもしていたので、怨霊対策というよりも、国全体を安定させるために仏教的な力を強くしたかったのかもしれません。

ちなみに奈良の大仏が完成したのは本日4月9日。本来はお釈迦様の誕生日である4月8日に間に合わせたかったようですが、いろいろな用意などがあったために1日ずれてしまったようです。

今では観光名所として、自由の女神的なモニュメントとして見られることの多い大仏ですが、その手や髪、足や持ち物にいたるまで意味が込められている、とてもスピリチュアルな存在なのです。今回は長くなってしまうので、その辺りの説明はまた近いうちに紹介したいと思います。

ゴールデンウィークも近くなってきましたが、いろいろと世間が騒がしい昨今。国を鎮めるために作られた大仏のエネルギーを感じるために奈良や鎌倉を訪れてみるというのも良いのではないでしょうか?