薬はスピリチュアル

現在では薬というと、さまざまな化学物質の寄せ集めのようなイメージがありますが、古代の薬はとてもスピリチュアルなものでした。

日本の薬の記録として最古のものは、古事記に載っているもの。以前にも紹介したことのある、因幡の白兎の話 で兎の怪我を治療するために葉を使ったのが、初めての薬だと言われています。

神話の時代を過ぎ、実際に薬物が盛んに使われるようになったのは、中国との交流が始まってからのようですが、中国には最古の薬物書といわれている『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』というものがあります。この神農というのは、古代中国の皇帝の一人ですが、神という名前があることからもわかるように、実在した皇帝というよりも神様のような存在でした。

神農は周辺に生えているすべての薬草を実際に舐(な)めて、それが毒なのか薬なのかを自らの体を使って調べたと言われています。120歳で亡くなったとされていますが、その死因はあまりに多くの毒草を食べ過ぎたためだとも言われているほどです。

日本ではなじみのあまり無い神様ですが、以前に紹介した 大阪の少彦名神社 には神農が祀(まつ)られています。

日本に西洋医学が伝来したのは西暦 1600年代頃と言われていますので、それまでは基本的に薬草や鉱石などが薬として用いられていたわけです。現在ではそういった薬は「漢方薬」という形で残っていますが、なんと 700年以上前から同じ名前の薬を作っている場所もあるのだそうです。

奈良県にある三光丸本店は、その名の通り「三光丸」という薬を作っています。この薬ができたのは南北朝時代。南朝の天皇であった後醍醐天皇が体調を崩したときに使われ、それによって後醍醐天皇は回復し「太陽、月、星の神が与えた薬だ」と言ったことから、三光丸と名がついたのだそうです。

このエピソードから 700年前も、神農の時代と同じで、薬というのはどちらかといえば神の領域だったことがわかります。この三光丸は現在でも作られており、その原料はセンブリ、カンゾウ、桂皮などといった薬草を調合したものです。

こうやってみていると、漢方薬というのはフラワーエッセンスなどにも負けないぐらいスピリチュアルなものだと言えるのかもしれません。