迷信には意味がある?

以前 歯にまつわる迷信 を紹介したことがあります。迷信とは「合理的な根拠を欠いているもの」だそうですが、全ての迷信に根拠が無いのでしょうか?

辞書で調べてみると迷信とは「俗信のうちで、合理的根拠のないもの。一般には社会生活上実害を及ぼし、道徳に反するような知識や信仰をいう」(大辞泉)のだそうです。合理的根拠が無いだけでなく、社会生活上実害を及ぼすというのはなんだかすごいです。

歯にまつわる迷信で、歯を屋根に投げたり、歯がコインに交換されるというものがありましたが、別に社会生活上実害を及ぼしたり、道徳に反したりはしないように思います。おそらく、文明開化と呼ばれていたような時代には「古くから伝わるような説は全て時代遅れであり、それは社会的に害だ」と考えられていたのではないでしょうか。

しかし、古くから伝わる迷信は、必ずしも合理的根拠のないデタラメとは言い切れないものも多くあります。例えば「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」という迷信があります。現代の私たちからすれば、夜に爪を切るのがなぜいけないのかさっぱり理解できませんので、不合理であり、夜の時間を使えないことから実害がある、と思うかも知れませんが、この迷信ができた時代を考えてみるとあながち不合理でもないことがわかります。

今でこそ夜も昼も変わらないぐらいの照明が充実していますが、電気が無かった時代の夜は、頼りないロウソクの明かりだけが照明でした。さらに当時は爪切りも存在していないのです。今のような爪切りができたのは 1926年頃のことで、それ以前は小刀やノミを使って爪を切っていたのだそうです。

薄暗い中で、小刀やノミを使って爪を切るとどうなるでしょう? 怪我をする確率はかなり高いものとなります。さらに、飛び散った爪の行方もわからないので、後でそれを踏んで痛い思いをすることもあるので、なにも良いことが無いから止めるように、という意味合いが込められているのだそうです。

他にも、夜に爪を切ることは「夜爪(よづめ)=世詰め(よづめ)」となり、「世詰」は「短命」という意味なので言霊的に嫌われたという説もあります。言霊の説はともかくとして、実害があるどころか、実害を避けるために考えられた迷信といってもいいでしょう。

他にも「ささくれができたら親不孝」という迷信もあります。ささくれとは、さかむけなどとも呼ばれる、指の皮が一部めくれあがってしまう状態のことですが、これができると親不孝だというのです。

一件理不尽に見えますがこちらもしっかりとした意味合いがあるようです。一説によると、夜遅くまで遊んで、朝なかなか起きなかったり、暴飲暴食をしたりと乱れた生活をしているとささくれができるので、そんな乱れた生活をしている人は親不孝だというわけです。

ささくれができる原因の一番の理由は指先が乾燥していることだそうですが、他にもビタミンが不足したり、過食などによってもささくれができやすくなるそうですので、理論的には間違っていないことになります。

夜爪に関しても、ささくれに関しても、怪我をしたり健康を損なったりしないようにという注意のために親を持ち出している感じがします。仏教で親より先に死んだ子どもは地獄に堕ちるという話があるように、子供が親より先に死ぬことはいけないという観念があったためなのでしょう。

迷信だからといって、すべてがデタラメだと思わずに、幼い頃におじいちゃん、おばあちゃんに言われたような内容はしっかりと覚えておいた方が良いのかもしれません。そして、できればこういった迷信を単なる不合理な害悪だとせずに、後世に受け継いでいきたいものです。