宿命と立命:嫌われ者「宿命」の誤解

今回は占い師を養成する学校「バランガンメソッド」で講師をされている CHAZZ 先生が「宿命」についてのコラムを書いてくれました。どちらかというと、重いイメージのある「宿命」ですが、果たして本当にそうなのでしょうか?

私は「バランガンメソッド」という占い学校で講師をしています。占い学校はプロの占い師になるために来る人が多いイメージかもしれませんが、自分磨きのためにくる方も少なくありません。
そして受講生の方々から寄せられる占いや運命の疑問の中から、皆さんとシェアできればと思う内容をこちらのコラムに書いていきたいと思います。

今回は初めてということもあり占い学校らしい話題として「宿命」についてのお話です。
受講生の方から「宿命」についての疑問や質問、自らの見解というものは今まで多く寄せられています。
そしておおよそ「宿命」の認識とは、

「宿命ってなんか好きになれないです」
「宿命って考えに縛られていても人生は良くならないと思うんです」
「宿命は変えられないけど運命は変えられるんですよね?だったら運命を信じればいいんですか?」
「宿命で決まっているからそれに従うしかないって受身過ぎて受け入れにくいんです」

などなど…。
もし宿命が俳優だったら、おそらく名悪役という存在かもしれません(笑)

このように宿命とはかなりネガティブな捉え方をされているのも事実です。また、運命や宿命とは対立するものという発想をされている方もいます。
ですが、本来「運命」と「宿命」は密接にリンクされているもので対立するものでも切り離して考えるものではないのですよ。

「宿命」とは確かに「宿(やどる)」ものであり「宿め(さだめ)」られているものです。ですが、それを簡単に悪い事やネガティブなものと認識するのは早合点と言ってよいでしょう。

運命学で「宿命」とは決してネガティブなものとは捉えません。
例えば宿命がないならばすべてが自由であり「適性」など考えることは出来なくなります。同じように音楽やスポーツなど特定の才能を持っているかという判断もなくなります。このように持って生まれた特性は「宿命」の一部なのです。
要は受け入れ活かしているかが重要なのです。

東洋の運命学では民族によって差がありますが、「人の運命の約6割~8割は生まれた時点で決定している」と考えています(大方インド系は宿命の比率が多く中国系はもう少し緩やかな印象があります)。
この思想を非常にネガティブに考える人も多いのですが、実際は重要な真実だと言えます。

例えばこのコラムを読んでいる方々はほとんど日本人だと思いますが、「明日からアメリカ人になりたい(遺伝子レベルで完全に)」と思ったとしてそれが可能でしょうか?
ほぼ全員の方が「無理」と答えるでしょう。「日本人」であることは変えられない事実です。同じように「私は女だけど男になりたい(遺伝子レベルで完全に)」が可能でしょうか?答えは「無理」だと皆さんは考えるでしょう。
このように日本人で生まれたことを無しにしてアメリカ人でもう一度生まれ変わるのは無理だと皆さん認識しています。でも、日本人で生まれるか、アメリカ人で生まれるかで人生は大きく変わるだろうことも予想がつくと思います。また豊かな国で生まれることと貧しい国で生まれることで人生は大きく変わりますが、この事実を変更することはできません。

つまりこれが「宿命」です。良いものでも悪いものでもなく「このように宿る(又は定まる)」ということです。豊かな国で生まれるか貧しい国で生まれるかの違いとは非常に重要な違いです。人生の6割以上が決定しているとして、「どの国で生まれたか」で宿命の大半はそれで使っていると考えてもよいくらい重要なポイントなのです。

ですが、皆さんは日本人であるということで普段悩むでしょうか?ほとんどの方は日常で本気で日本人をやめたいと思うことは少ないでしょう。
何を言いたいのかといいますと、「宿命の大半は通常意識することはない」のです。
ですから「日本人として生を受けた」ことや「今という時代に生まれた」こと、そして「性別」等は非常に重要な宿命ですが、皆さんは本気でそのことを悩むことはないでしょう。何故なら他のものと比較しにくいからです。
そして、宿命(決められたこと)でネガティブに受け止める範囲とは「身近で比較できる」領域に限られるのです。

その領域とは
「あいつは金持ちの生まれなのに、オレん家はなんで貧乏なの?」
「あの人はあんなに美人なのに私は…」
「スポーツ万能でいいなあ、自分なんか運動音痴で…」
という身近な他人と比較できる領域なのです。
先ほどの「生まれた国」「生きてる時代」「性別」等に比べたら、遥かに些細なことですが我々の心を一番悩ませることはこの領域でしょう。であっても、生まれた家を変更することはできませんし、肉体や心を極端に変えることもできません。

つまり宿命とは「変えようがないことでもがき苦しむのではなく、もって生まれた適性・才能を活かすため」の指針なのです。無いものねだりをするのではなく、自分を認め自分を受け入れ前向きに生きるためのベースなのです。

そして、その「宿命」とは別に「動かせる命・作り上げる命」として「立命」というものがあると考えられています。
例えるなら「アメリカ人になりたいけど、自分は日本人である。それを受け入れた上で自分がどのようにアメリカ人になればいいか考えた結果、アメリカに移住して生活することに決めた」という生き方の選択をするならば「宿命」を受け入れ「立命」を作り上げたことになります。

簡単な図式を書くならば「宿命+立命=運命」ということになるでしょう。

確かに運命を変えることは可能です。ですが、重要なのは「どのように努力すべきか?」ということです。

運命学ではまず「自分を知る」ことこそ重要だと考えます。
まず持って生まれた「宿命」や「天命(天から授かった役割)」を紐解き、自分の適性・性格・才能・器を知ること、そしてそれを受け入れ今度は「立命」によって「どのように自分を活かして人生を創造していくか」で「運命」は開けていきます。

占い学校で学ぶことは単純に「人を占って生計を立てる」ことではありません。運命を知り自分や他者に良い影響をもたらすことを目指しています。

最後に中国に伝わる運命に関しての興味深い格言があります。

一 命
二 運
三 風水
四 積陰徳
五 読書

というものです。
このうち、一命とは「生まれ持った適性・資質」であり二運が「生まれ持った運の幅」です。そして、三風水とはどこに住むのか?どこへ移動するのかで運気が変わるということです。四積陰徳とは「先祖を供養したり神仏を奉ること、親兄弟・他者を大事にすること」といって隠れた徳積みの行為のこと。最後に五読書は「勉強すること・知識を得ること」です。
一命・二運は変えがたいですが三風水・四積陰徳・五読書によって人生を良い方向へ変化させることができるとされています。

この考え方は占いを抜きに考えても、有益な格言だと思います。

我々も先人から受け継いだ思想を活かし「宿命」という言葉に振り回されず、上手に受け入れ良き人生を創造していきましょう。