達磨忌

本日、10月5日は「達磨忌」。これは、禅宗の祖として知られる達磨大師の命日であり、秋の収穫祭なども兼ねた行事が各地の禅宗のお寺で行われているようです。と、いうことで、今日はだるまについて紹介したいと思います。

だるま、といっても達磨大師の方ではありません。選挙の当選速報などで見かける縁起物の「だるま」です。

日本人ならば一度は目にしたことがあるであろう、だるまですが、達磨大師がモデルだということはなんとなくわかっていても、なぜ縁起物になったのか? というのはなかなか知られていないと思います。

日本に流通するだるまの約 80%を生産している群馬県高崎市が伝えるだるまの起源によると、200年ほど前に、少林山達磨寺の東獄和尚という人が、心越禅師の描いた達磨大師の図を手本に木型を作り、それを元に農家の人が内職として張り子の像を作ったが始まりだそうです。

心越禅師の描いた達磨大師の図は「一筆だるま」と言って、一種の護符として配られていたものでした。もともと、お守りとして配っていた護符を立体化しようと思ったきっかけは、浅間山の噴火によって農作物が壊滅的なダメージを受け、収入の道を断たれてしまった農民に、わずかでも収入を得させようという東獄和尚の苦肉の策だったのです。

護符の姿をベースにしていたので、もともとのだるまは、現在のような丸っこい形ではなかったようですが、次第に形が丸くなり、起き上がりこぼしの要素を取り込んだ、現在のような「縁起だるま」の形へと変わっていったそうです。

現在では、だるまはその特性から転がしてもすぐに起き上がる「七転び八起き」の縁起物として知られていますが、そもそものモデルとなった「一筆だるま」が悪事災難を祓い、福運を迎える護符だったということもあり、病気や魔除けとしての力も持ち合わせています。

だるまの色といえば赤ですが、これも魔除けや病気避けの力があるから赤を用いたという説があります。現在では以前紹介した 招き猫 のように、さまざまな色のバリエーションも増えてきているようです。

魔除け、病避けなどの意味があったことから、子供にお守り兼おもちゃとして渡されることが多かったようですが、現在ではだるまというと、冒頭でも書いたように祈願成就を願い、目を入れるもの、というイメージが強いと思います。

それでは、なぜ、目を入れるようになったのでしょうか? もともとのモデルがお寺で配られていた護符であること、モデルが達磨大師であること、などからだるまは一種の仏像だということがわかります。仏像には「開眼」という手順があり、目を入れることで、魂が入るのですが、だるまの場合は、縁起物という側面もありますので、願いを込めて片目を入れて、願いが叶ったらもう片目を入れるという作法になったようです。

今年も残り少なくなってきましたが、来年の初めにはだるまを買ってきて、1年の願いを込めて、片目を開眼させるというのはいかがでしょう?