月の姿を堪能する

昨日 ちらっと紹介 したように、9月22日は中秋の名月。いわゆる十五夜でしたが、十五夜から5日間は月の移り変わりによって毎日呼び名が変わるのをご存じでしょうか?

まず、昨日の十五夜。これは基本的には満月のことを指します。望月などとも言いますが、天文学的にいうと、満月と十五夜は必ずしも一致しないようです。実際に、暦の上での十五夜は昨日ですが、満月は本日となります。

どうしてこうなったのかというと、基本的に暦は旧暦ですので、月の運行と関係した陰暦によって成り立っており、十五日前後はだいたい満月となります。これぐらいの時期の月の形は肉眼ではほとんど満月と変わらないので、昔の人は十五夜=満月としていたようです。

しかし、天文学が発展し、さまざまな計測機械も充実してきたために、満月とは「太陽と月の黄経差が 180度となる瞬間を含む日」と定義されてしまいました。そのために、陰暦の満月との差が生じてきて、十五夜が満月ではない日が増えてしまったというわけです。

ある意味昔の人は、十五夜前後の月ならばすべて美しいものとして楽しんでいたともいえるでしょう。その証拠に十五夜前後の月はすべて名前が付いています。十五夜の翌日の月は十六夜(いざよい)。いざよいとは「いさよう」という言葉から来ていると言われています。いさよいとは「ためらう」という意味。つまり、出てくるのをためらっている月が十六夜というわけです。

どうして、月が出てくるのをためらうのかというと、十五夜と比べると、翌日の十六夜は月が出る時間がだいたい 50分ぐらい遅いため、その時間のぶん、月が出るのをためらっている、というわけです。

その翌日は立待月(たちまちづき)。さらに月の出るのが遅くなっていますので、月の出を、まだかまだかと、立って待っているとようやく出てくる月という意味です。

次の日が居待月(いまちづき)、すでに想像がついている人もいるかもしれませんが、立って待つのにくたびれて、座って月の出を待つ必要がある月のこと。それから、座って待っていても、月が出ないので、横になって寝っ転がって待つ必要がある月が翌日の寝待月(ねまちづき)、そして、いよいよ待つのをあきらめるほどの夜更けに昇る、更待月(ふけまちづき)へと続きます。

さすがに更待月のあたりになると、だいぶん月が欠けてくるのがわかりますが、居待月ぐらいまでは、ほとんど満月と変わらないぐらいの美しい月を見ることができます。十五夜から、毎日のように立ったり座ったり、寝っ転がったり、そこまでしても月を眺めていた昔の人を思い浮かべて、これからしばらくは夜空の月を眺めてみるのはいかがでしょう?