「誰もが特別な人」

スピリチュアルを人生からの逃げに使っている人が、たまにいる気がします。
それは、違うよなぁと思うことが時々あります。でも、それに対してどうしたら良いのか、今の私にはわかりません。

基本、人は人。

それぞれの人の考えは尊重されるべきだし、自分の考えと違うからその人が間違えてるってこともないわけだし。ただ、誰にでも魂はあって、肉体・心・魂。この三つは切り離せないということ。物事の見方・とらえ方を多面的にするだけで、視点を少し変えるだけで、生き方が楽になるってことがあるということ。
スピリチュアルは占いとか祈りとか逃げとかではなく、現実生活を楽しく生きるためのヒントととらえたらいいんじゃないかな、ということ。
そんなことを、思ってます。

自分の子どもが、ADHD(注意欠陥性多動性障害)や ADD(注意力欠如障害)などと診断され、いろいろと悩んで、インディゴ・チルドレンという考えにたどり着き、それを親子関係を良くし、生きるヒントにするのではなく、単なる逃げに使っている人もいると聞きます。
私の子どもは特別だから、周りとうまくやれなくても仕方ない。選ばれた子なんだ、と。それはちょっと違うかなと、思うんです。

この世に生まれた人は、みんな神様から「生まれて良し」って許可をもらえた特別な人だと、思っています。誰もに役割があって。誰もが特別な人で。その人それぞれが神様と約束したシナリオに沿って、いろんな人と出会い、いろんな出来事を乗り越え、ゴール目指して生きている。そんな気がします。

そのシナリオに沿った旅路のガイドに、スピリチュアルの知識が少しあると、
迷子になりづらくなるんじゃないかなぁ、なんて思いませんか?