「見えないお友達」

現在五歳の末っ子ちびくんには、赤ちゃんのころから目に見えないお友達がいるようでした。なかなか上手に言葉を発するようにならなかったちびくん。彼がしゃべる言葉は独特で、たまに手話のようなものも混じり、いつもちびくんの周囲には不思議な空間がありました。

お姉ちゃんがいつも先回りしてちびくんのかわりにしゃべってくれるから、なかなか言葉を発するようにならないのかな、と思いつつもこちらの言っていることは通じているようなので、末っ子ということもありあまり気にしていませんでした。

またちびくんは、テレパシーで会話をしているようなところがあり、私の心の中での問いかけに突然反応してくれたり、お姉ちゃんの質問に対して心の中で返事、それをお姉ちゃんがキャッチしたりしていました。

夜はいつも一人で楽しそうに見えないお友達と遊んでいて、「一体誰と遊んでいるんだろう?」と気になっていました。

そんなちびくん四歳のお誕生日を過ぎたころ、当時通っていた保育園の先生に言葉の発達を心配され、療育センターで聴覚と言語の検査を受けることになりました。
聴覚は問題なし。言語・知能に関しては発達にバラツキがあり、様子を見ましょうということに。

五歳のお誕生日を迎えたころのちびくんは、「赤ちゃんの時からの僕のお友達は、天使ちゃんなの。いつも右の肩のあたりにいるんだ」と、天使ちゃんとの遊びの様子なども教えてくれるようになっていました。

天使ちゃんとの会話や遊びを楽しみつつも、保育園でどんどんお友達が増えてきたちびくん。一生懸命お話しようとすると、うまく言葉が出なくなったりどもったりしていましたが、だんだんとおしゃべりが上手になってきました。

そしてあと四ヶ月ほどで六歳を迎える今、保育園のお友達と遊ぶことがとても楽しくなってきた様子です。

先日、先生にも「お話もお友達とのコミュニケーションも、かなり上手にできるようになりました」と言われました。

それと並行して、天使ちゃんと遊ぶ姿がだんだん見られなくなってきました。

今ちびくんにとって大切なことは、天使ちゃんと遊ぶことではなく、保育園のお友達と遊ぶことのようです。それが、今年六歳になるちびくんに必要な、地に足がつくということなのではないか、と考えています。

しっかりとお友達が作れてこの三次元での生活が上手にできるようになったら、きっとまた天使ちゃんとも遊ぶようになるのでは、とも思っています。

どちらの世界ともバランスをとって生活する。それが肉体を持ってこの地球に生まれてきた意味でもあるのではないでしょうか?